昔々、丘の上のお屋敷に、病弱で、とても美しい少女が住んでいました。
少女は本当に体が弱く、屋敷の外に出ることができませんでした。
少女は、毎日窓から空を見上げて暮らしていました。
少女の住まう地は、天界。死者の魂の安らぎの地です。
しかし、少女は死人ではありません。
少女は、神に仕えるために生み出されし魂。
人に、天使と呼ばれるものです。
しかし、少女は、ほかの天使達……。
いえ、のみならず、神にさえも疎まれていました。
そのため、天界の外れの丘の上で、ひっそりと暮らしていたのです。
……少女が疎まれていた理由。
それは、少女の背に生えた翼にありました。
少女の背にある一対の翼……。
その翼は、ほかの天使達のものとは異なっていました。
少女の右の背には、善良の象徴であり、天使族の証である、純白の翼。
しかし、少女の左の背には、邪悪の象徴であり、悪魔族の証である、漆黒の翼が生えていました。
神の生み出したものは、神の心を映し出します。
少女の黒い翼は、神の心の闇を表しているのでしょうか。
神は、少女を否定しました。
自らの闇を認めることができなかったのです。
誰も、少女の屋敷を訪ねてはきません。
また、天界に満ちている聖気は、邪気を持った少女の左の翼には毒でもありました。
少女は外に出て遊ぶこともできません。
長い間少女は誰にも会わず、窓から、遠くの空を純白の翼で飛びまわる、天使達の姿を眺めていました。
そんなある日、珍しいことがおきました。
少女の屋敷に、人が訪ねてきたのです。
ひと……。いいえ、本当は人ではありません。
少女を訪ねてきたのは、少女と同じ、漆黒の翼を持った……悪魔族の少年でした。
少年は、とても弱っているようでした。
悪魔族は、魔王の生み出したもの。
天界の聖気は、悪魔族には毒なのです。
少女は、少年を屋敷に招き入れました。
少女の屋敷の中は、少女の左の翼によって、聖気が緩和されているのです。
屋敷の中で少し元気を取り戻した少年に、少女は尋ねました。
「どうして悪魔族が天界にいるの? 悪魔族は、魔界を出ることができないと、私はそう思っていたわ」
そう。天使族は神に仕え、天界を出ることができず、悪魔族は魔王に使え、魔界を出ることはできない。それが、天界での常識でした。
少年は、少女の問いに答えました。
「僕は……君に、会いに来たんだ。君と話してみたかった。僕と同じ翼を持つ、君と」
少年の右の背には、漆黒の翼……
しかし、少年の左の背には、純白の翼が生えていたのです。
「天界と魔界……住まう場所は違うけれど、僕達は同じ存在だ。君は、神の心の闇を、僕は、魔王の内なる光を表す者」
少年はそこまで言うと、疲れたように口を閉ざしました。続きを、少女がひきとります。
「神が、魔王が、私達を認めることは無い……。私は、私達は、天使族でも、悪魔族でもないの……?」
「ここは、天界のはずれ。魔界に最も近い場所。でも、近くにあるのは魔界だけじゃない」
少年に、少女は首を傾げます。
「魔界だけじゃない……? それは、どういうこと?」
「天使族でも、悪魔族でもない……人間の住む世界へと続く場所が、この近くにあるんだ」
そして、少年は、少女に言いました。
「よければ、一緒に行かないか? 天界の聖気も、魔界の邪気も、僕らの翼には毒だ。この世界を抜け出そう」
「でも、神を裏切るわけには……」
「最初に僕らを否定したのは神だ」
「……私は、そうでないと信じています」
少女は、顔を伏せました。そして、
「私は、神を信じている。ううん、信じたい」
「信じて、それで、神は応えてくれるのか?」
「応えては……いただけないのでしょうね」
少女は、顔を上げました。その表情には、今までとは少し違う表情が浮かんでいます。
「じゃあ!」
「……ええ。あなたについていきます。あなたは、私の存在を認めてくれた、初めての存在だから。」
少年はとても喜びました。
「ありがとう。人間界への門は滅多に開かないんだ。僕は、魔界のはずれでその門の存在に気がついた」
少年は少女を見つめ、続けます。
「門の開いている時間は短い……今すぐ出発しなきゃ、間に合わないけど」
「構わない。この屋敷に未練などありはしないの」
そして、二人は門を通り、人間界へといきました。
二人が通ると門は閉まり、もう二人は天界、そして魔界に帰ることはできなくなってしまいました。
……実は、神と魔王は今日のことを知っていました。
二人を天界から追放するため、人間界への門を開けたのです。
二人を追放する。それを思いつくことこそが、神の内に闇がある証拠。
そして、二人を滅ぼしてしまわない事こそが、魔王の内に光がある証拠なのですが……。
神と魔王は、そのことを認めはしませんでした。
神と魔王がそのことを認める日は来るのでしょうか……?
本当は、来ないほうがいいのかもしれません。
完全なモノなんて、案外つまらないものですからね。
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