相  華(そうしか)

 

 

木隠の屋敷の庭はいつも花で満ち溢れている。季節に応じた花たちが自分達を主張するようにところせましと咲き誇る。
住人の誰かが植えたりしたわけではない。自然と集まってきているようだ。
そんな庭にあって、屋敷と庭池の境目のあまり目立たないところにきれいに手入れをされた場所がある。桂じいちゃんが時おり手入れをしているようだ。

とーるはこの屋敷に来てからじーちゃんのこの行動を不思議に思っていた。
なぜ庭の手入れをしないのに(ほとんど時子が手入れをしているので)、その目立たない場所だけは自ら手をかけるのかを?
とーるはその疑問を住人達に度々投げかけてみたが、彼女達はそれぞれ「そのうちわかるよ」と意味深長な言葉を残して明確に答えてくれなかった。

そのうちとーるは、そんな疑問も忘れてしまっていた。
  9月も半ばをすぎたころ、じいちゃんが急に落ち着きがなくなった。いつもそわそわしているのである。傍目から見てもかなりである。
「じーちゃんどうしたの?なんかトイレがまんしているような・・

見るにみかねてとーるはじーちゃんに聞いてみた。

「いや!(高音)なんでもないぞ」
「声うわずってるよ・・・。あっ、さらさんもなんでじーちゃんが落ち着きないか知ってる?」
「えっ、なぜでしょうね〜。うふふふ」

「さらさん。答えになってません」

さらは微笑みながら庭におりて行った。そこへ取り込んだ洗濯物をもって時子が部屋に入ってきた。

「時子さん、じーちゃんの様子が・・・」

「はいはい、いつもこの人は変ですよ」

「いや、そうなんだけど、最近特にひどいような・・・」

「さあ・・・・、恋文を待つ乙女の心境じゃないの?あっ余計な事言ったか、まあ、気にしない気にしない。そのうち元に戻るから。風邪みたいなものかな」

「恋文?乙女?」

「あはは、とーるくんはそんな経験したことないか。あははは」

「??ちょっと!時子さん!」

またも理由をはぐらかされたような気分になるとーる。そこへあんずが帰ってきた。

「お帰り、あんず」

「とーる!ただいま!」

相変わらず元気なあんず。とーるはさっき二人に聞いた質問をあんずにもしてみた。するとあんずは皆とちがうそぶりをした。

「うん。かっちゃんは毎年この季節になるとこうなるよ。その理由はあんずにもあるかもしれないけど・・・」

急に悲しそうな顔になるあんず。あまりの落差にとーるは驚いた。
「あんず。どういうこと?」

「とーる。理由が知りたかったら、あさっての夜、かっちゃんと一緒にいたら」

そう言い残してあんずはゆっくりと部屋を出て行った。
「あさって?夜?一緒に??」

とーるは余計に訳がわからなくなった。とにかくあさっての夜にじーちゃんと一緒にいることにした。

二日後の夜、屋敷の縁側にとーるとじーちゃんが並んで座っていた。

「とーる。めずらしいな、夜更かしか?」

「季節もよくなったし、明日休みだから。たまには付き合うよ」

「酒はやらんぞ」

「そんなのいらないよ!」
「この味の良さはまだわからんか・・・『垂直とび』だぞ」

「未成年に何をすすめるやら・・・・・・。ところで、じいちゃん」

「なんだ、急に改まって」

「・・・・最近、落ち着きないよね。何かあったの?」

思い切って聞いてみるとーる。しかしじーちゃんはいたって冷静に答えた。
「いや?何もないぞ。夜更かしついでだ。まあ付き合え」

「もとからそのつもりだよ」
「ならいい。おまえにも会ってもらいたい」

「・・・・?」

しばらく時間だけが流れた。じーちゃんは相変わらず酒をちびちび飲んでいる。とーるはぼんやりと外を眺めていた。

突然風がすぅーっとながれた。するとじーちゃんは酒を飲む手をとめて、縁側におりた。

「とーる。行くぞ」

「えっ?」

「いいから、行くぞ。ついてこい」

じーちゃんはとーるを連れて屋敷の裏側にまわった。

屋敷と庭池の間にくると、月の明かりがひと筋の光となって地面に注がれていて、そこにぼんやりと人の姿を映し出していた。

「じーちゃん!人だ!」

「しぃっ!よく見てみろ」

「・・・・・・・・・・・おばあちゃん?」

とーるは透子おばあちゃんに会った事はなかった。しかし何故かおばあちゃんだとわかった。じーちゃんはおもむろにその光の人に向かって話しかけた。
「久しいな、透子。今年も無事に会えたな」

「あなた。お久しぶりです。今年もお会いできましたね。あっ、若返ったのですね」

「ああ。そちらに行くのはもう少し先になりそうだ」

「となりは、ああ。真樹の子、透ね。よく似ているわ」
「そうだ。わしたちの孫だ。ほら、とーる」

とーるはどう答えていいかわからなかった。ただ、まばゆいばかりの光の中にいるおばあちゃんに見とれていた。

「あなた。みんなは元気?あんずちゃんは?時子ちゃん、さらちゃんも」

「ああ、いつもどおり元気だ。いつまでも元気すぎて困る娘達だ」

「透。真樹たちは元気」

「はい。元気です」

とーるは話しかけられたが、自分でも驚くぐらい冷静に答えた。

「そう。良かった」

「とーるはこの春から高校の受験勉強でここに来たんじゃ」

じーちゃんがとーるを紹介する

「そう。透。がんばってね。この人たち何の力にもなれないかもしれないけど」

「そんなことないぞ!わしはいつもきちんとこの子の面倒みておるぞ!」

「はいはい。わかりました」

3人での神秘的な時間がゆっくりとすぎていく。しかし、周りの風がひと時の終わりが近いことを告げるように流れた。

「あなた・・・・。もうそろそろ」

「そうか・・・。しばらく会えないが達者でな」

「あなたの方こそ。若返ったからといって無理しないで下さいね。いつまでも若いつもりでいるでしょうが、お年なのですから」

「そんなこと言われんでもわかっとるわい」

「透も皆も元気でね」

とーるは人の気配を感じ、ふと振り返ると屋敷の住人達が少し離れたところにたっていた。

風が止まった。

光が薄くなった。

周りがぼんやりぼやけ、ゆっくり闇に溶け込んだ。そして、

何事もなかったように消えた。

しばらく静寂が続いた。

そのうち鈴虫の鳴き声が耳に入ってきた。

「さあ、戻ろうか」

じーちゃんはゆっくりと屋敷の中にもどっていった。とーる達も後に続いた。じーちゃんはまた縁側で何事もなかったように晩酌の続きをはじめた。

とーる達はじーちゃんをそのまま一人にしてあげた。


翌日。じーちゃんととーるは昨晩透子おばあちゃんと出会った場所にいた。

そこには真っ白な彼岸花がつつましく咲いていた。

「毎年秋の彼岸の前後何日間だけこの花は咲く。花が咲き、月明かりが差し込む夜のわずかな時間にだけ透子と話が出来る」

「おばあちゃん、お花好きだった」

「ああ、好きだった。秋の季節も好きだった。だからその想いがこの花に宿っているのだろう」

花をじっと見つめる二人。

「とーる。この花の別名を知っているか?」

「さあ、あまり知らないけど」

「『葉見ず花見ず』というんだよ」

「はみずはなみず??」

「ひらがなで読むんじゃない!この花は花と葉は同時には出てこない。花時には葉はなく。葉時には花がない。今のわしたちみたいだ」

「・・・・・」

「あいつは彼の地。わしは此の地。しばらくはお互いに同じ場所にたどり着けない。
何年先いや何十年先になるかわからない。だから彼岸を結ぶこの花で一時だけ会うことが出来るのだよ」

「これからも?」

「これからもだな」

「だから、いつも手入れをしていたんだね、庭の手入れはしないと思ってた」

「わしも、やるときはやるぞ」

二人はそのまましばらく花を見つめていた。

 

その日、とーるは時子からこの花の別名を聞いた。

「相思華」『そうしか』と呼ぶ。『花は葉を想い、葉は花を想う』という意味だそうだ。

じーちゃんと透子ばあちゃんの間の見えない想いが伝わってくるような感じがする。

とーるはそう思った。

 

 

 

おしまい