座敷童子

第一話「決心」

透は歩きながら一枚の白い紙を見ていた。

『希望進路調査アンケート』

黒字でそう印字された紙からは、なにやら手のひらに重たさを感じる。
明らかにただの紙ではない感じがする。
透は立ち止まる。

ここに書き付けるのは自分の未来でなくてはいけない。
自分が歩む道でなければいけない。
言ったことや書いたことは実行しなければいけない。

それでなければ意味がない――――――――…

透はまた、ゆっくりと放課後のグランドを歩き出す。
すると、一人の少女がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
その少女を一瞥して
(またか)
とため息をついた。

「あ、あの…島村君」
「なに?」
「あの…」
「…」
「…あ」
透はうつむく少女を横目に歩き出した。
「まっ、待って…くだ、さい」
「なに?」
「やっぱりダメですか?」
「なにが?」
「そ、その…」
もどかしいしゃべり方に耐え切れず、透は先に切り出すことにした。
「オカルト部でしょ?」
「あっ…は、…はい…!」
一瞬だけ少女の顔がほころぶ。
「あの」
「今は受験のほうが大事だと思うんだけど」
「っ…」
痛いところを突かれた、というように、少女はほころんだ顔を歪めた。
「そう、…だよね…ゴメン」
「じゃ」
「…」

少女と透は、背中を向け合って歩き出す。
夕日がアスファルトを強く照り返す、真夏の放課後であった。

透の家は、閑静な住宅街にある。母が騒がしい大通りを嫌い、二年前からここに住んでいる。
透としても勉強に身が入って、いい環境ではある。
ただ、姉の佐保子がこの静けさを嫌っていた。

「辛気臭いのよねえ」

それが姉の口癖だった。
姉は弁護士を目指して法律の専門学校に通っていた。ただし不純な理由つきだ。
「ドラマでやってたカラさあ。」初めのうちは冗談だろうと透は笑っていた。しかし、専門学校に
通って二年目、まだ姉はそんなことを言い続けている。それでも成績が良いなら何も言うまい。
そう、
姉の成績は決して良いとはいえなかった。いや、ハッキリ言うべきか。
成績は悪かった。
もっとハッキリ言うべきだろうか。
下から数えて四番目だった。
そんな姉を見て透は、ため息をつくばかりである。

家に着いて無言で玄関を開ける。平日は両親は家にはいない。共働きだ。
かといって休日もいない。二人だけで旅行に行ったり食事に行ったりしてしまう。
姉と自分にはお金が渡されるだけであった。

玄関には姉がいた。
「あれっ?とおる〜」

寝起きにしてはあまりに遅すぎるが、姉の髪の毛はボサボサになっていた。

「今さっき起きたのよ」

心を見透かしたように姉は言った。

「…そう」
「というより起こされたのよ」
「目覚まし時計に?」
「違うわよ。目覚ましなんてかけてないわよ」

つまり起きる気がなかったということだな。

「じゃあドロボウでもはいった」
「うちの三重鍵が開けられるとは思わないわ。しかもこんな静かで辛気臭いところにドロボウな
んて…」
でた、姉の口癖だ。
「じゃあ何?」

透はカバンをソファに置き、制服のネクタイを緩めた。

「電話が来たのよ」
「ふぅん」
「出てみたらあんたへの用件だったわ」
「塾の勧誘とか?」
「勧誘はあってる。えと、なんだったかな。森井さん…」

名前を聞いただけで頭の中に一つの単語が自然に入ってきた。

「オカルト研究部」
「あ、そうそう。それ。」
「放課後にも別の部員が誘ってきた。」
「オカルトって、あんたが前入ってた部活よねえ?もう退部したんでしょ?」
「ああ。俺が入ってちょうど5人だったんだけど、退部して4人になったから廃部の危機なんだっ
てさ。
それで『名前だけでも』って」
「名前だけでも…ねえ。戻ってやればいいじゃん?」
俺は冷蔵庫をガタンと開けて麦茶を取り出した。
「名前なんて嘘だ。学園祭前に借り出されるに決まってる」
「嫌な子!」

姉は一言そういってクルリと身を翻し、階段を駆け上って、二階にある自分の部屋に入ってい
った。
バタンと扉を閉める音が家に響く。
俺はフウと一息ついてから麦茶を飲み干す。

「テスト勉強したほうがいいか」

期末テストまであと二週間あった。まわりは余裕をかましてヘラヘラしているが、そんなわけに
はいかない。自分は中学三年の受験生だ。学校のテストも受験勉強も大事だ。
おろそかにはできない。

緩めたネクタイをスルリとほどき、カバンを持って二階に行く。
姉の部屋の前を通ると、音楽がジャカジャカと大音量でかけられていた。
俺は注意しようと姉の部屋のドアをノックをする。

しかし、大音量でかき消されて聞こえていないのか、それとも聞こえないフリをしているのか、
返事がなかった。俺は、まあいいや、と自分の部屋に入った。

いつもはそんな日の繰り返し。
繰り返し、繰り返し…

しかし、二週間後の期末テスト、俺は目を見張った。
ぬかりなく勉強していたはずだ。
見落としたはずなんかなかった。
完璧に理解した。暗記した。
なのに――――――

キープしていた五位以内をとれなかった、どころではない。
結果は学年25位。
最悪だ。



俺は決めた。
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