座敷童子
第十話「
日本酒騒動
」
「久しぶりね、お父さん・・・」
真樹は両手でしっかり持っていた荷物を片手に持ち替えた。
「こんな山奥だから、遊びに来るのも億劫になっちゃったわ」
「まあ、そうだろうな。・・・ところで・・・」
桂は真樹の持っている荷物を一瞥した。
息子にテキストを届けるというだけではない、その尋常ではない荷物の大きさの理由を聞かず
にはいられなかった。
「その大きな荷物は」
「これはね」
そう言って真樹がしゃがんでバッグを開けた。
「なんだこれは・・・」
「枕でしょ、キティちゃんのお泊りセットでしょ、孝ちゃんの写真でしょ、非常食の缶詰に暇つぶ
しの洋服カタログに家宝の皿に」
「か、家宝をバッグに入れて持ってくるんじゃない」
「気にしないで」
「っていうかその皿は木隠に伝わる大事な家宝じゃないか・・・」
「あら、よびましたか?」
右の壁から顔だけ出した、さら。
「私の名前が聞こえたような」
「さら違いだ」
「残念ですねえ」
「あら、あらあらあらっ、さらちゃん」
真樹は懐かしい顔を見つけ、家宝の皿を手から離してさらに抱きついた。
皿が空中に浮かびあがる。
「わーーーーーっ!」
桂はあわてて皿をがしりと受け止める。
「久しぶりね、さらちゃん!この前送った蟻の詰め瓶は受け取ってもらえたかしら!」
「蟻のお母様ですね。ありがとうございました!無事に自然に帰せました!」
「自然に帰したの!?」
「蟻さんが瓶よりも地底のほうが良いとおっしゃったのです」
「そう・・・」
妙な蟻トークをしている真樹に、皿を袖で拭きながら桂が言った。
「ところで、透に用だろう?透なら今風呂に入ってるからな」
「あら、お風呂なの?母親がわざわざ来たって言うのにノンキにお風呂なの!?」
「まさか真樹がこんなに早く着くとは思ってなかったからな」
すると真樹は回れ右をした。
「透―っ!こっちから迎えに行くわよーっ !」
「足が速いんですね、蟻の母様」
「しかし迎えにいかなくとも・・・」
桂がそう言い終わらないうちに、二人の耳に叫び声が聞こえてきた。
「キャーーー!」
「う、うわッ!?」
「透!あんた、なんで腰にタオル一枚でほっつき歩いて・・・」
「かか母さん!いや、部屋に下着を」
「透?」
不意に透の後ろから時子が現れる。
「時子ちゃん?お風呂場から来たの? この廊下って風呂場にしかつながっていわよね?」
「・・・?ああ、真樹さんね、ひっさびさー」
「おひっさー。それはおいといて、なんで時子ちゃんが風呂場から?」
こころなしか震える真樹の声。
「母さん?いや、ホラ、実は弓矢が飛んできて」
「二人ったら、いつのまに一緒にお風呂に入る仲になってたの?」
「やだ真樹さんったら」
「透!?手を出したのはあなた!?」
「かかか母さん!!?」
「そうなのね!?嫌がる時子ちゃんを無理やり風呂場に呼び出してあんなことやこんなことをし
たのね?」
「母さんっ」
「悪いコトをする子には真樹ハリセンが飛ぶわよッ!!覚悟しなさい!」
そう言ったかと思うと、真樹は素早く何か白いものを背中から取り出した。
「究極の真樹ハリセン!」
「だわーーー!母さん!」
「やめんかー!!廊下で暴れるでない!!」
「じいちゃん!」
パシィィィンっ
「ハリセンを白羽取りした・・・」
「自分には真樹の技なんか簡単に見切れるぞ。」
「そりゃそうよね!伝授したのはお父さんだもんね!でもね!自分の息子の破廉恥な行動に
黙っているわけにはいかないわ!」
「母さん!だから違うって!!」
「そうなのよ真樹さん、透くんったら・・・急に」
「時子さんものらないで下さい 」
それからおよそ一時間、透は風呂場で起きた出来事を真樹に話した。
最初は疑いの目聞いていた真樹だったが、一時間を過ぎたときに溜め息をついて言った。
「ゃっぱり透って孝ちゃん似だったのね」
「え?」
「男としての度胸が足りない!キスくらいしなさい」
「さっきと言ってること違うし!!」
そんな透の言葉を無視して真樹はでかいカバンに手を突っ込んだ。
なにか奥に目的のものがあるらしく、長いことガサガサやっていた。
「あった、ありましたよ、はい、これ」
「あ、ああ」
「ちゃんと役目は果たしたからね」
「ってこれ、母子手帳だよ!」
「あらやだっ、私ったらもうvうっかりしちゃったわw」
そう言って頬に手を当ててニッコリ笑う真樹。
「小さいころの透は夜泣きをぜんぜんしない子でねwもう死んだかと思ってたのよ」
「とーる、一回死んだの?」
冷蔵庫から取り出してきたアイスをかじりながらあんずが興味深そうに聞く。
「し、死んでないよ」
「それでね、橋の下に捨ててこようとしたら、おびっくり!そのとき初めて透が夜泣きしたのよ」
そう言ってうふふふふ、と笑う真樹。
「母さん・・・自分の息子にむりやり夜泣きさせないで」
「初めて泣いたときは嬉しくて佐保子と一緒に踊っちゃったのよw」
「わ、わかったよ・・・良いからテキスト」
そう言って透は真樹に手を出した。
「テキスト?何それ」
「は?」
「私はこの日本酒『垂直飛び』を届けに来たのよ?はい」
「あの、夏期講習の、テキスト・・・」
「そんなもの知らないわよ、はい『垂直飛び』」
「銘酒じゃないか。日本酒『垂直飛び』私も飲んでいいのかな?」
「お父さん、飲みすぎには注意よ」
「あ、あたしも飲みたいな、真樹さん」
「時子ちゃんもさらさんも飲んで良いわよ。お世話になる御礼だから」
「え、俺は未成年なんだが・・・」
すると真樹はギロっと透を見て言った。
「あんたはだめに決まってるでしょ」
「え!?じゃあ何しにきたの!?」
「だからコレを届けに来たんだってば!!」
と、そのとき、透の携帯が部屋に鳴り響いた。
「めーるだー、めーる」
「だ、誰だ・・・って姉さんからのメールだ。ええと、『母さん着いた?お酒、本当は私のだけどま
あいいわ、おいしく飲んでね!』」
「ああ、ありがたくいただくよ」
「あたしも飲みたいー」
「あんずさんは未成年だからだめですよ」
「酒を飲むと背が縮むらしいからな。それ以上縮んだら大変だぞ」
「かっちゃんヒドーい!」
「あの、テキスト・・・」
「わはははは」
みんなの笑い声にかき消されるように、透の意識も薄らいでいった。
「じゃあ帰るわね」
真樹は玄関で桂に言った。
「泊まってけばいいのにな。お泊りセット持ってきたんだろう?」
「え?ああ、これはあんずちゃんに」
「じゃあ枕は?」
「最近眠れてないみたいだからお父さんに」
「非常食の缶詰は?」
「いつ遭難するかわからないからさらちゃんに」
「洋服カタログは・・・時子にか」
「みんなに渡しておいてね。それと・・・」
「ん?」
真樹はうつむきながら、少しだけ微笑んで言った。
「透をよろしく。きっとこの家ならあの子も変われる気がするから」
「そうか」
「あたしが育った家だもん。あの子が気に入らないはずないわ」
「ほほう、透はこの家を好きになってくれるかな」
ちょっと意地悪っぽく笑って言う桂に、真樹は顔を上げて言った。
「当たり前よ」
桂もその言葉を聞いて安心したように、笑ってうなずいた。
「そうだといいな」
「じゃ、また夏の終わりにでもみんなで来るわ」
「安全運転でこい」
「りょーかいよ、お父さん」
真樹はそう言うと、振り返らずに玄関の扉を閉めた。
その光景はまるで、20年前、自立するため家を出て行った真樹を思いださせた。
「あの朝も、真樹は振り返ることなく出かけていったかな」
やさしくて苦い記憶を思い起こしながら、桂はみんなのいる部屋に戻っていった。
――――そしてその夜の屋根裏部屋
「ぁぁぁあああっ、姉ちゃん・・・なんで酒なんか持ってきたんだよ」
日本酒『垂直飛び』と向かい合いながら寝れずにいる透の姿がそこにはあった。
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