座敷童子
第十一話「春が来た?」
アルプスの少女って、こんな気分だったのかな・・・
まだ慣れない布団の中で、目を開けたり閉じたりしながら透はそんなこと考えていた。
外は夜がますます深さを増して静まり返っている。
昨日まで寝ていた家も閑静な住宅街だったので、音に関しては相違ないのだが
(なんだ・・・この異様な空気)
犬の鳴き声も、車の音でさえも聞こえない。静か過ぎるのだ。
葉のこすれる音が自分を中心にするように四方八方から聞こえ、小さな窓から入ってくる微か
なすきま風が耳に触れる。
それに、いつもなら部屋のドアと床の隙間から漏れている廊下の明かりが見えるのだが、ここ
は屋根裏部屋なのであの小さな窓から見える月の光しかない。
それはそれでロマンチックというべきなのだが・・・
(なんか・・・なんかさっきから物音が聞こえる)
何かが走り抜ける音というか・・・しかも歌のようなものまで聞こえてくる。
それに合わせて柱がギイギイと軋むから、さらに気味が悪い。
(古い家だしな・・・な、なにか棲みついているのかも・・・)
――棲み付いているのはあんずたちだけで十分なのだが。
「ん?あんず?」
「いよーーーーーーっス!!」
「ギャーー!!」
闇が日の光に溶けて朝がくる。
月が太陽と入れ違いに光を運ぶ。
「うぅ」
げんなりした顔で階段を降りる透。
(昨日のあれはなんだったんだ、もう・・・)
この祖父の家に一時移住してきたその初夜、まさかあんな目に遭うとは・・・・。
とりあえず昨日のことが夢でないか確かめるために、起きたままの足で下に向かう。
まだ家の構造をハッキリ覚えていないのだが、なんとなく玄関の横の居間らしき部屋のドアに
手をかけた。
「おはようございま」
「おはよー!とーる!」
透の言葉をさえぎって、あんずが飛び出してきた。
「とーる!昨日は面白かったね!!」
「ぁう」
(やっぱり昨日のは夢じゃなかったんだあぁ・・・)
体にまとわりつく疲労をジリジリと感じながらガックリと肩を落とす。
「でも、とーる、最初はなかなか相手してくれないからつまんなかったよー」
「なんだってあんな時間に起きてるんだ?・・・あんずは」
「昨日何かあったんですか?」
後ろから包丁を持ったさらが顔を見せた。どうやら朝食の支度をしているらしい。
いつもの着物にエプロンをつけ、髪を一本に束ねて左手にネギを持ったその姿は、どこか主婦
っぽかった・・・。
「いえ・・・あんずが自分の布団の上で暴れるわ歌うわ跳ねるわで寝れなくて・・・」
「あら・・・昨日は透さんの所に行ったんですね」
「へ」
さらは一言そういうだけで、すぐ元の場所を向いてネギを刻み始めた。
ネギのいい香りが透の鼻をつく。
「あ、あの・・・」
「おはよーさん」
「あっ時子さん」
今起きたらしい時子は、まだ髪も整わないうちに、あくびをしながら透に挨拶をした。
そして、あんずとさらと桂じいにもそれぞれ軽く挨拶を済ませると、コップに水を一杯もらって居
間のソファーに深く腰を下ろした。
「ふぁあ・・・」
「と、時子さん、眠そうですね」
「眠いも何も」
コップの水をぐいっと飲み干して透の方をジッと見る。
「あんずがうるさいの、何の」
「と、時子さんも!」
「あんたも?もうずいぶん前からの事ではあるんだけど・・・慣れないわ」
透はその口調に嫌な予感を覚え、ゆっくりとソファーに近づいた。
「ずいぶん前からの事、って・・・」
「そうよ、あんずは昼よりも夜のほうが活発なのよ・・・毎晩誰がそのお相手をするかってハラハ
ラよ」
「私はそうでもないんですが・・・」
さらが今度はさいばしで大根をつかんだまま話しかけてきた。
「あんずちゃんと楽しく遊んでますが・・・」
「ウッ。さらは特異体質なのよきっと」
「そうですか・・・」
少し疑問を残したような顔をして、またキッチンのお鍋に向かった。
今度は何を作っているのだろう・・・
「とにかく、あんずの夜遊びには一切付き合っちゃダメよ、透くん」
「あ、はい・・・俺も昨日はヒドイ目に遭いまして」
そこまでいってあんずを見ると、当の本人は眠そうな気配も疲れた様子もまったくなく、元気に
じいちゃんの手伝いをしていた。
(まあ、あとでじいちゃんから注意してもらおう・・・)
ソファーからゆっくり立ち上がり、まだふらつく足で洗面所に向かう。
風呂場の横にある洗面所の水道からは、とても都内とは思えないほどの冷たさと清らかな透
明度の水が出てきた。
水を手にすくって顔を洗い、顔を上げると洗面台の鏡に映った自分と、ふと目が合った。
(そういえば・・・)
俺って、受験生なんだよな。
ここにいると、時間の流れがとてもゆっくりしているように感じられる。自分がいる居場所でさえ
も判らなくなってくるほどだ。居心地が良い。いつまでも浸っていたいと思う。
こういうのを、現実逃避っていうのだろうか・・・
(そんなわけない、勉強のためにここに来たんだ)
そう改めて考えて、自分に言い聞かせてみるけれども、なぜか前のようにシャッキリしない。ど
こか前の自分と違う。
大きく深呼吸をして、両手で頬をバチンと叩いてみる。
気合を入れたつもりで、俺はタオルで顔を拭き、居間へと続く廊下へ向かった。
「透、朝食の用意ができてるぞ」
引き戸を開けると、桂じいちゃんの顔が目に入った。
あんずたちも食卓についている。
「あ、ああ、ごめん」
急いで自分のために空けられた席へと向かい、座る。
「えっと・・・」
「はい、いただきます」
「いただきまーす」
食卓を見ると、白いご飯に大根とネギが入ったお味噌汁、さらに筑前煮や梅干などが並んでい
た。
(なんて純和風な食事なんだろう・・・)
そして、誰が作ったんだろう・・・さっきの風景から察するにさらさんっぽいんだけど・・・
さらさんがご飯炊きに成功するわけないしな・・・
「透、ご飯うまいか?」
「え、ああ、おいしいよ」
「それはあんずが炊いたんだぞ」
「あ、あんず!?」
これまた予想外の・・・。
「どうだ、うまいだろう」
「なんでじいちゃんが威張るんだ?」
「そういえば、透さん、今日テストだとか言ってましたよね?」
「え?あ、はい・・・」
テスト?
あっ。
あ!
「す、すすすすっかり忘れてました!!!」
「あら・・・」
愕然とした表情で時計を見る。
試験開始まであと二時間はあった。
「電車に乗って・・・予備校まで走って・・・」
まあ、余裕だと想定し、朝食を食べようとしたそのとき。
「ここから駅まで一時間かかるぞ」
「・・・あ」
桂じいちゃんの言葉に口に入れた大根を危うく喉に引っ掛けるところだった。
「・・・や、やばい!!」
そういえばここは都内の端っこだった!!
慌てて食事をかきこんで席を立ち、引き戸を思いっきり勢いよく開けて廊下に飛び出す。屋根
裏部屋にあるかばんに筆記用具と参考書を詰めてまた下に降りる。
「えと、あ、じゃあ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「頑張ってください、透さん」
「とーる日本一―!」
「帰ってきたら薪割りな」
いつのまにか廊下に出てきたみんなの声援を背中に受けて、じいちゃんの家を飛び出した。
長い山道を通り抜けると、来たときと同じ、駅前の光景が目に映る。
そこで、ひさびさに「他人」の姿を目にして、なぜだか安堵感を得た。自分のいた世界が現実に
あったことを確認できたからだった。
電車に乗り込み、ガラガラの車内に座り、参考書を広げる。
「えと・・・数学はこの範囲だったな・・・」
ひととおり目を通していると、いつのまにか終点にたどり着く。やっと見慣れた市内の騒がしい
空気に触れた。せわしく行きかう人の姿にまぎれて歩いていく。
そのときであった。
「島村君?」
自分の名前を呼ぶ聞きなれない声を耳にして、はたと立ち止まった。
「だ、誰?」
「あの、同じクラスの、春田芽衣子・・・」
「春田さん?」
もちろん、名前は聞いたことがある。それは同じクラスだから、というだけではない。
『春田芽衣子』
青春ドラマで言えば『学園のアイドル』とか『C組のマドンナ』とかいうのであろうか。
春田芽衣子はその物腰の柔らかさと穏やかに周りを包み込む気品から、ちょっと変わったアイ
ドルと呼ばれていた。
決して雰囲気が派手なのではない。勉強が秀でているわけでも、スポーツが得意なわけでもな
い。
ただ、どこかミステリアスな雰囲気が漂っているのだ。つかみどころのないその性格が男子た
ちの心をとらえていたのだった。
「春田さん、ごめん、俺急いでるから・・・」
しかし、彼女自身の事はあまりよく知らなかった。ただ、極度のオバケ嫌いということはよく知ら
れていたが。
「あ、島村君って市村ゼミ・・・だよね?」
「え」
「だよね・・・?同じ夏期講習・・・受けてるんだ、私」
突然の言葉になんと返していいか判らなくなった。
そんなことで同じクラスの春田さんが声をかけたのだろうか?
「ええ、と・・・」
「良かったら、その、あの」
「ああ、だから急いでるって・・・」
「テ、テストだよね?」
そんなわかりきったことを言わなくても・・・
「春田さんもテストだろ?急がないと間に合わなくなっちゃうよ」
そう言って、春田さんに手を振って、俺は予備校までの道を再び走り出した。
すると、しばらくして同じ歩調の足音が聞こえてきた。
何かと思って後ろを振り返ると。
「春田さん!?」
「島村くん!」
驚いてつい立ち止まる。追いかけてきたのか、この子・・・!?
「な、なに!?急用?」
「ううん、あ、あのねっ、良かったら、こ」
「春田さん!!」
春田さんの言葉が終わらないうちに、後ろからドヤドヤとした声が聞こえてきた。
おそらくは・・・
「春田さん第一親衛隊・隊長のアキヤマです!春田さん!プレゼント受け取ってください!」
「春田さん第二親衛隊・隊長のムラオです!春田さん!デートしてください!」
きた・・・
この親衛隊たちは昼休みや登下校まで春田さんに付きまとってくるやつらだ。
柔道部とか相撲部だかのごっつい隊長を先頭に結成されている。
しかし、夏休みの夏期講習まで来るとは・・・
『春田さん!!』
「あ、私はちょっと用事があるから・・・行こう、島村君」
「え、俺!?」
不意に春田さんに腕をつかまれ、すごい勢いで人ごみの中を走りぬける。
親衛隊はあっけにとられたように俺たちを見ていた。
「はあ・・・・ふぅ・・・」
「つ、ついた・・・」
とうとう予備校の前まで腕を組んだまま走ってきてしまった。
はたから見たら奇妙な二人だったろう。
俺は慌てて目線を腕時計にうつした。
「あ、まだ試験開始までに時間ある・・・」
「ねえ、島村くんっ・・・」
「え?」
「あのさ、今度の日曜日・・・ヒマ・・・かな」
「え」
突然こんな予備校の前で、しかもテスト前に何を言ってるんだろうこの人は、と正直思った。
しかし、彼女はガッシリと腕をつかんだまま目を合わせたままそらそうとしない。
「日曜日・・・忙しい?」
「え、忙しいとかじゃなくて、受験生だし・・・」
「あ、あの時間はとらせないからっ、部長が来てほしいって・・・」
「ぶ?」
部長って、まさかのまさか・・・
「部長って・・」
「あの、オカルト部の・・・」
やっぱり森井さんか!!!
「あ、あれ?でもなんで春田さん・・・」
「わっ私、入部したの・・・」
「え」
「島村君・・・戻ってきてくれないかな、オカルト部・・・」
森井さんと春田さんって友達かなんかだったけな・・・という疑問がわきつつも、とりあえず教室
に促すという形で、その話はごまかした。
さて、テストの出来はというと。
寝不足がテスト中に睡魔となって襲いかかり、撃沈。
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