座敷童子
第十二話「不吉な忠告」
予備校からの帰り道を一人、重い足取りで歩いていく。
右手には、学生カバン。
左手には、予備校の前で配っていた、いつもなら無視できたはずのポケットティッシュ。
(かなりもやばいかもしれない・・・)
そんな不安を隠せないままに駅までのろのろと歩いていく。
自分を追い越していく人たちが今日のテストの話しをしていると、ちょっと顔を上げ、耳を大きく
したりする。
(よりによってクラス分けのテストで寝るとは・・・)
でかいため息を吹っ切るように出す。
それはお手上げの合図。リングに投げられた白いタオル。
(まあクラスの成績が悪くても俺がよければいいんだけどな・・・)
そんな先のことを考えないと落ち着かない状態。
透はなんとか力を振り絞って歩き進んでいく。
と。
「キミ、しけてるわよ」
突然後ろから不意に声をかけられる。
自分のことかと振り向こうとしたが、人違いやいたずらだったらとんでもないので振り向かない
でおくことにした。
すると。
「アンタよアンタ」
「なっ」
強い口調に思わず振り返る。
そこには―――
「・・・誰」
茶髪で髪の長い、わりと長身の女性が立っていた。
まずまず美人・・だが、それが誰だかは透にはわからなかった。
「あの・・・」
「この前はごめんね。まさか人間がいたとは・・・」
「は」
「アイツラだけだったらあの時臨戦態勢に入れたんだけどさ」
「臨戦!?」
いきなり物騒な言葉が出たので、ついあたりを見回してしまう。
(今の、誰かに聞かれたら!)
戦争とまではいかないと思うが、喧嘩する人のように見られてしまうではないか・・・!
「そう、私の役目は座敷童子と偽った妖怪の封印。君を巻き込む気はなかったのよ」
「ざ!?」
一般人にとっては生活にあまり出てこない名前なので、またあたりを見回してしまう。(今の、誰
かに聞かれてないよな!?)
受験ノイローゼで狂ったと思われてしまうかも!!
「そう、だからね、今日は忠告しに来た」
「ちょっと待ってください!」
透は見ず知らずの女性の顔の前で手を広げ、「ストップ」させた。
「なに」
「誰ですか」
とりあえず単刀直入にそう聞くしかないだろう。
「私を知らない?」
「知らないです」
「覚えてないのね。『座敷童子』九話で出てきた・・・」
「何の話ですか!?」
「おっと、違う。ほら、昨日の、風呂場の」
風呂場・・・?
昨日はとにかくいろいろなことがあった。
風呂場で何か・・・
・・・あったっけ・・・?
「ほら、君に毒矢を」
「ああ!ってああ!」
「さすがに一般人にあんな濃いトリカブトはまずいわよ」
「とっ!!!」
また物騒な言葉が連発!!この人何を考えてるんだ!
「わ、わかりました!思い出しました!も、もう終わりにしましょう昨日の話しは!」
「なにあわててるの。」
「いいですから!」
半分なきそうになりながら必死に訴える透。
「それで、忠告とやらは!」
「ああ、キミ、あそこにいたらいつか死ぬから早く出て行ったほうがいいわよ」
「はい?」
突然自分の「死」を口に出され、指摘されてしまった。
その唐突な言葉に一瞬返す言葉をなくす。
「いつか死ぬ?」
「うん死ぬ。死ぬほうがまだまし。殺されるかも」
「ころ・・・・」
「・・・だからね」
女性は一瞬躊躇したように見えた。が、すぐに口を開いた。
「だから、君ね」
「なんですか?」
「座敷童子に殺されるって事よ」
なに?
"座敷童子に殺される"
って?
あんずや時子さんに?
「言っておくけど、アイツラは座敷童子なんかじゃない。ただの怨霊。気をつけなさい」
「な、なんの根拠が・・・」
「私はあの山の巫女、紫蘇。何かあったら私のところに訪ねてきて。あの山で生きられるのは
妖怪と一部の人間だけ」
―――"一部の人間"―――
その言葉に、胸の奥から湧き上がってくる単語があった。
それは・・・
「木隠一族の?」
それは意思とはうらはらに出た言葉のように思えた。
まるで、自分の中の相反するものが勝手に答えたかのような・・・
その言葉を聞き、紫蘇と名乗るその女性は少しだけ微笑んだ。
「自分の運命を受け入れていたか。勇気のある男だな」
「・・・」
そしてふうっ、とため息をついて頭を軽く左手で押さえた。
「私は・・・あまり下界にはいられない。空気が苦手でね。」
「空気?」
「あのさらという少女は、確かもう、下界には降りてこられない体なのではなかったかな・・・君も
いつかそうなる。じゃあ」
そう言うと、紫蘇は手を軽く上げてクルリと身を翻し、足早にその場を去っていった。
「なんなんだ・・・」
突然出てきて、わけのわからないことを言って。
おまけにあんずや時子さんが俺を殺すかもしれないとか、さらさんが下界には来れないと
か・・・ただでさえテストでげっそりしているというのに。
とりあえず家への道を急ごうとする。
しかし、運命とやらは、透をまだ簡単に家に帰らせてくれないようだった。
何気なくバス停のベンチにすわっている少女。
それはまぎれもなく時子であった。サングラスをしてはいるが髪型でわかってしまった。
透は、確かめるべく、その少女(?)に近づいていく。
「と、時子さ」
「ヒトチガイデスネー」
「え」
「ワタシハ、シャロン!」
「・・・」
ボケなくてもバレバレなのに・・・
第一ボケる必要が・・・
「時子さん、ここのバスは二時間来ませんよ」
「うそ!?」
おもむろにサングラスを取って時刻表を眺める。
「それは一年前の時刻表です。新しいのはこっち」
「あ、あー・・・」
残念そうにうつむく時子。
「で、何してるんですか!」
「え、あ、いや、お買い物?」
「グラサンかけて?」
「ん、んー・・・まあ、気分転換」
透は「ふう」とため息をついて時この横に腰を落とした。
「話、聞いてたんですか?」
「・・・なんの?」
「さっきの紫蘇とかいう・・・」
「そうね。だったら?」
時子は持ってきた小さなカバンの中にサングラスをしまい、透に問いかけた。
「透くんはあの子のいうこと、信じる?あたしたちが怨霊だってこと」
「まさか!」
「・・・」
「あんな根拠のないこと、簡単に信じられませんよ」
「じゃあ根拠があったら?」
「え?」
じっと自分を見てくるその時子の眼に、少したじろぎさえ感じつつ、透は答える。
「何か・・・あるんですか?」
「・・・」
しかし、時子はうつむいたまま、何も答えようとはしなかった。
「時子さん?」
「あー、おなかすいた!帰ろう透くん!」
「ちょっ・・・」
「今晩も透くんが作ってくれるんだよね!」
「勝手に決めないで下さいよι」
「昨日のカレーはちょっと甘かったけどさ、美味しかったから!」
「時子さんも手伝ってくださいよ?」
「あはは。期待・・・してるからね」
「え?」
時子は不意に透の腕を掴んで、立ち上がらせた。
「さ、帰ろ」
まだ平らなその道に小さな影が落とされ始めたのは、その頃であっただろうか―――
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