座敷童子

第十四話「 さら語り 」

さらさんは、いつもの穏やかな……それでいてしっかりとした口調でゆっくりと語り始めた。

「私は、えっと……もう何年前になるのかな……とある村のちいさな家に母親と弟と一緒に暮らしていました。
父親は………私が産まれてすぐ遠くの地に飛ばされたと母から聞いたことがあって。実はそれから一度も会ったことないんです。
今思うとちょっと変だなって思うんですけれども」

そう言ってさらさんはくすっ、と笑った。その様子がどこか憂いを含んでいて、なんだか胸が痛くなる。

「ある日、その住んでいた村に大雨が降りました。私と母は家の中にいて、町で売るための蓑を作っていたのですが、
……あ、透さんキョトンとしてますね?」
「えっ! そ、そうですか?いや、蓑を作るだなんて昔話みたいだなって……」
「はい、これは昔話ですから」
「うっ、それはそうなんですが」

満面の笑みを浮かべるさらさんになんと説明したらよいのやら。

「うふふ。その頃は当たり前でしたよ。今でも私、できるんです」
「ああ……」
(じいちゃんの家の蓑が未だに新品同然なのはそのせいか……)
「それでですね、私たちは家の中にいたのですが、弟は外にいました。狩りにでていたのです。
蓑を持って弟を迎えに行くと言う母を止め、私は外にでました。姉としての義務を感じたんだと思います。
外はとんでもない雨で、前から打ち付ける風がとても強く、霧も出ていたので視界もぼやけていました。
そんな中、山に入ったのですが、無論何も見えるはずもなく……当時病弱だった私はすぐに倒れこんでしまいました。
疲労もたまっていたんだと思います……。そうして、そのまま起きる力もなく、蓑を持ったまま意識が遠のいていくのを感じました。
そんなときでした。この……一本の木が目の前にあって……」

そういってさらさんは片手をそっと木に当てた。当時の様子が想像出来るようだった。
青く澄んだ優しい目で木の幹を見つめたまま、ゆっくりと触れていた手を下ろす。

「木といっても、今はとても大きいけれど、その時はまだ十七寸くらいしかなくて。細い生えたての枝を激しく揺らしてこの雨の中で必死に耐えていたんです。
そんな姿をぼんやりと見ていたら、なんだか自分が悲しくなってきて。それと同時に、もう、このままここで果てるかもしれない、ってそう考えていました。
そしたら、耳にかすかな声が届いたんです。夢か現かの意識でしたけど。
あ、弟が私を見つけてくれたんだわ、と思ったら、その声は実は目の前の木から聞こえてきていたんです。」
「木が?」
「面白いでしょう、透さん。木の声が聞こえたんですよ。地面に顔をつけていたせいかもしれません。私が自然と同一化していたのかも」

時々、さらさんは地面をじっと見るときがある。
前にも部屋の窓からじっと地面を見ていたことがあった。庭でぼーっとしているときにも見ていたことがある。 
それは、当時のことを思って見ていたからかもしれない。

「その木はこう言いました。『この雨を止めるかわりに、私と永遠の契りを結べ』と。
つまりは……うーん、わかりやすく言うと結婚だと思うんです。もう、私には意識もないし、弟の所在もわからないし、
どうなってもいいと思っていました。だから、その言葉にはい、と返事してしまったのです。藁をもすがる思いでした。そうしたら大変。雨がやみました。」
「まさか本当に……」
「信じられないでしょう、ふふ。」

そう言って笑った顔。それはいつものさらさんと同じ笑顔だった。

「そして、やがて……弟が向こうから私を呼ぶ声が聞こえました。
私はそれから四日間、熱を出して寝込んでいましたが、医者を呼ぶまでもなく完治してしまったのです。思えばそれが……体調の変化の始まりだったのでしょう。」

つまり、その熱はさらさんの運命を変える合図であったのだ。落ち着いてきた鼓動を抑えながら、さらさんの話に耳を傾ける。

「その熱を出していた間、私はとても長い夢を見ていたような気がします。
だから、あの木が私にささやいた言葉も、それに私が同意したことも、夢だと思っていました。」
「ああ、そんなことってありますよね。現実では母親が『起きなさい』って言ってるのに夢だと思って寝過ごしてしまったり、って」
「ふふ、そうです。そんな感じ。でも、時が経つにつれて異変に気がついたのです。母親が亡くなって弟が年をとって。なのに私は少女のまま。時を止めたまま――」
「それは、その木と関係が……?」

俺の声を聞くと、さらさんは無言のまま静かにうなづいた。

「私の体は半分木になりました。そして、この木は半分人間になりました」

さらさんの隣に並ぶその大きな木が、自分を見ている気がした。
この木が半分人間になったからといって言葉をしゃべるわけではないと思うが、さらさんと木の間には無言の会話があるように思えた。
それは、自分には立ち入ることの許されない域だと思った。
だから、さらさんの言葉に何も返すことが出来なかった。

しばらくの沈黙を破ってさらさんが口を開く。

「紫蘇さんにお会いになったことはありますか」
「えっ、あ……」
紫蘇さんって、誰だっけ。と考え込んだが、ふと頭の中に言葉が響いてきた。

―――私はあの山の巫女、紫蘇。何かあったら私のところに訪ねてきて。あの山で生きられるのは妖怪と一部の人間だけ。

ああ……あの人は紫蘇といったっけ。
「はい、知ってます」
「そうですか……あの方も同じような運命をもつ者です」
「……え?」
「あの人と私はこの山でしか生きることが出来ません。そして……とーるさんも……」
「なぜ……?なぜこの山でしか?」

そういえば紫蘇さんもそんなことを言っていた。
―――私は……あまり下界にはいられない。空気が苦手でね

「空気?」
―――あのさらという少女は、確かもう、下界には降りてこられない体なのではなかったかな……君もいつかそうなる。

「さらさんは……街にいけないんですか?」
するとさらさんは少しだけうつむいて答えた。
「私は、この山の空気と、この木の力で何十年も生きてきました。その間下におりたことは一度もありません……
急な環境の変化に体をおくと、私の細胞は無事ではいられないはずです」
「一度もおりなかった……?」
「はい」
「あんずたちと街に遊びに行ったりはしなかったんですか」
そう聞くとさらさんは首を横にふった。
「街に行くのが怖かったんです……表から見た姿はみんなと同じ私だけど、この体の中には自然の力が息づいている。
普通の人間じゃない私と誰が対等に接してくれるのかと……」
「そんな……」
「そうしてるうちに五十年もたっちゃった」

その言葉は妙に明るかった。
さらさんはもう一回木に触れると、息を大きく吸い込み、思いっきり木を叩いた。
いや、叩いたというよりは「殴った」。

「さ、さらさん!?」
「こうすると虫がいっぱい落ちてくるんですよ」
「は、はい、そうですが……何も殴らなくても」
「あ、見てください透さん!蟻がいっぱいいます〜」
「さ、さらさん」

それはいつもどおりのさらさんの笑顔。蟻が大好きなさらさんだった。

「透さん」
「はい?」
「今日は話を聞いてくれて有難うございました」
「……」
「さあ、私はちょっと川に寄って薬草を摘んできます。透さんは……先に帰っていてくださいね」
「さ、さら……」
「じゃ」

さらさんは言葉を最後まで聞かずに森の入り口まで走っていった。
その姿は木の陰でしだいに見えなくなっていく。

「……」
さらさんがいなくなって、気配が寒くなった森の中に、一人立ちすくむ。
隣には、大きな木。
すべてを知っているくせに。
半分人間だというのに。
何も語ってはくれない、大きな木。

むしょうに腹立たしくなって、一蹴りしてみることにした。

「えい」

ぼすっ

葉っぱが数枚落ちただけだった。

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