座敷童子

第十八話「 知ること、知らないこと 」

山に囲まれた暗がりの中にあるかなり古い神社。
祭神がなんなのか、誰がすんでいるのか、何故誰も参拝しようとしないのか。

不気味なくらいに静まり返った境内で、彼女は一人、目を閉じていた。
耳に入ってくるのは、葉のそよぐ音と、建物の軋む音と、鳥が飛び立つ音。
その中心に、彼女はいた。何も考えず、何も言わず、何も感じない。
ただ何か大きなものの中に自分がいる。それだけを確かなものとして受け止める。

思っていたほど、時間の流れというのは遅いものだ。
毎日の日課である瞑想に入り、心を鎮めて、ふと眼を開けてみると、先ほど目の前に落ちていた葉が、まだその場所にとどまっている。
風が吹かなかったのか。
それとも葉と地面を接着させている何かがあるというのか。
いや・・・・
もしかしたらあの葉は先ほど見た葉とは別の葉かもしれぬ。
風がそのように私を戸惑わせて楽しんでいるのだろう。

再び眼をつぶり、そのまま音も立てずに立ち上がる。
緋色の袴がゆったりと揺れた。
眼を開けてその音を感じ取る。
「来客か」
視線の先には、珍しい神社への来訪者。背が高く、そこそこ若い銀髪の髪を持った、男性。
「お爺様」
「これは嬉しいな、お迎えか」
「会いにくることも告げず勝手に来ておいてそれはあり得ないでしょう」
「では、私が来たときにちょうど紫蘇が境内で立っていたというのは偶然か?」
「ええ」
「それは少し残念だな。必然、運命、そうは言ってくれないのか」
「遠まわしな口説きですか?」
そういうと、銀髪の男性は口の端を上げて、ふっ、と笑った。
「まあ私も若いからな」
「ええ、そうですね、一応」
「じいちゃん、桂じい、そして、お爺様。なんとも複雑な心境だよ」
「なぜ? 私たちを相手にするのならそちらの呼び方のほうが慣れているでしょう」
「気持ちは昔からずっと若々しいからな。誰か桂くん、とでも呼んでくれないだろうか、などと思うものだよ」
「それは誰もできないと思いますが・・・」
「私もそう思う」
桂はまた少しだけ笑って空を見上げた。
「ここは不気味なくらい静かだな」
紫蘇は声には出さず、コクリとうなづいた。
「それで、何の用でいらしたのです?」
「ああ」
ほんの少しの間をおいて。
「そろそろだろう、お前たちの父さんの命日は」
「……覚えてらしたのですか」
「自分の息子の瞑した日は忘れようもないだろう」
「はい」
「まあ、墓参りだが、私たちと一緒に行ってもいいし、お前一人で行ってもいい」
「はい」
「と、こういい続けて毎年ふられているけれどな」
「……」
少し翳った表情でうつむく紫蘇。そんな紫蘇に桂は付け加えるように言った。
「今年は透にも来てもらおうかと思っている」
紫蘇の表情が少しだけ変わる。
「透を?」
「ああ。あいつも明後日には旅行から帰ってくる。お前たちも久しぶりに会って色々話をしているそうだし。
あんずのこと、時子のこと、そして、お前の父、楸のこと・・・・木隠の者としてこのまま隠すわけにもいくまい」
「……」
「お前が墓参りに同行してもしなくても、私は透に全て話すつもりだ。いや、成り行き上話さなくてはならなくなるかもしれん」
「そうですか」
冷静な口調。端正な顔。木隠に生を受けたものの特権。
「紫蘇」
「はい」
「まだ時子を敵とする考えは変わらぬか」
「…………はい」
「もう楸はいない。父の考えにお前まで縛られる事はないのだぞ」
「これは私の意志です。私が決めてやっていること」
「……そうか……」
紫蘇は小さくうなづいて桂を見た。
「……お爺様。私、用があります。お話は以上ですか」
「ああ。私が伝えに来たことはこれだけだ。突然すまなかったな」
「いいえ。当日までに私の答えを出しておきます」
「うむ。考えておいてくれ。では私は帰るよ」
「はい」
桂の後ろ姿を見つめたまま、紫蘇はその場から歩こうとはしなかった。

(透・・・・)

そのころ、京都では。
俺は修学旅行の開会式のさなかにいた。先生の言葉や、代表生徒の挨拶。
最初からまじめに聞くつもりなどなく、上の空のはずなのだが、今はそんな心境ではなかった。
嘘とも、本当とも取れるあの言葉。

―――あの子は私の子です

そんなことがあるはずない。いや、あってはならない。
どう見ても普通の人間である仲居さんが、あんずの母であるわけがない。
しかし、なぜだ?なぜあの人はあんずを知っているのだ?
じいちゃんの家に昔から棲みついている座敷童子ではなかったのか。

さて、どれが真実か。
ひょっとしてあの仲居さんも妖怪なのか?
はたまた、あんずが人間だったのか?
だとしたらあの物体を通り抜けたりする行動はなんて説明をつけたらいい?

俺一人で考えても答えは出ないだろうに……

はあ、と大きくため息をついた。
気がつくと、すでに開会式は終わっていた。
もやもやした気持ちのまま、部屋へと移動する。
周りの友達が夕飯の話や、今夜のことや、明日のことなどを楽しそうに話しながら歩いている。
もはや修学旅行どころの気分ではない。

こんなことならあの時、諦めて帰っていればよかったんだ。
森井さんがいたことで安心してここまで来てしまったけれど……
かといって今さら帰れるわけでもない。
そのときだった。
ズボンのポケットに入れていた携帯が震えている。
先生に見つかると没収される恐れがあるので、みんなの流れから飛び出し、廊下の隅のほうに行く。
「あ、はい」
「ああ、透か」
「……じいちゃん?」
小声が一瞬ほぐれてしまう。
「なに……?」
「いや、お前の部屋にあるやつは洗っていいのか、と」
「そんなことで電話……」
「まあまあ」
「うん、いいよ」
「そうか。じゃあ洗っておく。どうだ? 楽しいか修学旅行は」
「まだ始まったばかりだよ」
「ははは、そうか」
「…………じいちゃん、あのさ」
俺は一瞬言おうか言うまいか迷った。あんずの母だという人物のこと。
知ったらどうなるのだろう。
俺が知ってどうかなることなのか。
知らないほうが今のまま、平穏なままで良いんじゃないか。
変わらない日々が続くという安堵の中で過ごしていくほうが良いんじゃないか。
「…………」
「透?」
「ん……」
「私は洗濯があるから、そろそろ切るよ。時子は人遣いが荒すぎる」
「あ、うん、ごめん」
「そうだ、夜にでもまた電話するよ。あんずが寂しがっ」
ぷつっ
じいちゃんからの電話は突然切れた。
「……電波障害かな」
俺はしばらくじいちゃんからのかけ直しの電話を待ってみたが、特に続く会話もなさそうだなと考え、部屋に戻ることにした。

「…………」
「……かっちゃん」
「何も切らなくてもいいじゃないか」
「あたし寂しいなんて言ってません」
あんずが電話に手をかけたままジロッと桂をにらむ。
「はっはっは」
「かっちゃん勝手なこと言うなー!」
桂よりだいぶ低い背をぴょんぴょんさせながら怒って言う。
「なあに、ああ言えば透も早く帰ってきたがるんじゃないかと思ってな」
「むー!」

そのとき。
玄関の引き戸を何かがサッ、とかすめる音がした。普通の人間ならば聞き逃すところだが、この者だけはしっかりと音を捉えていたようだ。
「桂さん、お手紙ですよ」
「む、久々だな」
さらは引き戸をガラガラと開け、地面に落ちていた「手紙」と呼ばれる木の葉を拾う。
そして、にこにこしながら桂に手渡した。
「うふふ、ラブレターフロムどの方?」
「……秋乃だな」
「おーっ、あきのー」
桂は木の葉にかかれていた文を読み始める。
「もうすぐ父親の命日だから、あの子もこちらに……」
だが、突然、桂は喋るのをやめた。
「どうかなされました? 桂さん」
「い、いや……」
桂は少し考え事をしているようで、黙っていた。やがて木の葉を懐にしまうと明るく言い放った。
「まあ、それはそれでよし」
と。

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