座敷童子

第五話「時子」

「私は風呂でも沸かすかな」

しかし、まだ日は高い。

「じいちゃん・・・!」
「やや、透、冗談だと思っているな?」
「決まってるだろ」
「あいにく、私はつまらない冗談は言わない主義でな」

低い声に、まじめ顔で言う桂。

「な」
「話はコレで全部だ。そうそう、お前の部屋は二階の奥の部屋の押入れから行けるからな」
「お、押入れ!?」
何か言いたげな透を残したまま、桂はどこかに消えていった。
あとを追おうとしたが、謎の運命を抱えた一族と座敷童子のいる家だ。何かカラクリなんかが
ありそうなもの。むやみに動くのはやめておこう。

(しかしこれからどうすべきか・・・・)

ヘタすると自宅にいたほうが気が楽だったかもしれない・・・。
姉の大音量のステレオや、両親の「ちゃん」づけのラブラブっぷりのほうが、少なくとも妖怪より
は・・・

そして、チラと目の前の少女を見る。

「・・・・」
あんずは、何かを考えたように一点を見つめてジッとしていた。

でもこうしてみてると普通の女の子なんだよな・・・
別にツノやキバがあるわけじゃないし、怖い形相をしているわけじゃないし・・・
そもそも、座敷童子って「妖怪」とは言われているが、家の守護神のようなものだ。
怖がる理由などないのではないだろうか。

「あんず・・・」

その名前を口にしてみる。
「ん?」
あんずは顔を持ち上げて透を見た。
その目は葛藤の実のような色をしていて、とても澄み切っている。
「なに、とーる」
「いや・・・」

家に帰るべきか
ここにいるべきか

「っ・・・」
「?」
悩む透をふしぎそうな目で見るあんず。

「とーる!なに!?」
「い、いや・・・」
「なにっ!」
「い、いや、だから」

♪パッパラパラパラ  ピッピン

そのとき、透の携帯電話が鳴った。
音量から考えてカバンの中に入れたのであろうか。急いでカバンの開け、手前のポケットに入
っていた携帯電話を急いで取り出した。

「はい」
「もしもし?透?」
「えと・・・」
慌てていたので、うっかり相手の名前を見るのを忘れてしまった。この声は誰だ?
「透でしょ!?アタシよ!佐保子!」
「あ、ああ佐保姉か」
「ちょっとさ・・・アンタ、帰ってきてくれないかな?」
「え」

唐突の言葉に驚いてしまう。

「なんで・・・」

もしや、母か父か、どちらかが倒れたのか?
そんな不安が頭をよぎる。
と、

「透、母さんよ。」
「透!父さんだぞ」

そんな声が受話器の向こうから同時に聞こえた。
生きてるじゃん・・・

「あのね、透!私たち、アンタに帰ってきて欲しいのさ!」

――――――帰ってきて欲しい・・・?

「佐保姉・・・」
「やっぱさ・・・アンタがいなきゃ駄目なんだよ」

いつもより優しい姉の声。こんな言葉をかけられたのは初めてだった。
と同時に、家族から離れた、という事をやっと実感した。

「俺、今じいちゃんから話し聞いて、俺ら一族のこと・・・」
「うん、うん。いいから。帰ってきてよ」
「とーる!」
その声はむろん、携帯電話から聞こえてきたのではない。
「とーる?どうしたの」
「あ・・・いや」
「どうなの?透、帰ってきてくれるの?くれないの?」

姉のせかすような声が耳に響いた。

「いや・・・・なんで?」
「ん?」
「なんで帰ってきて欲しいの・・・・」

次の姉の口からは、感動あふれる家族愛の言葉が出るはずだった。
が。

「アンタ、味噌汁のレシピどこ置いたのよ?」
「は?」
「あと肉じゃがと、てんぷらと、ハンバーグのレシピは?」
「佐保姉?」
「まだあるわよ!風呂掃除の用具は?洗剤の詰め替えパックは?」
「さ、佐保姉!待て!」
「なによ!」
なぜ怒る。
「俺に帰ってきて欲しい理由って、そんだけじゃないだろ?」
「もー、とりあえず場所を教えてくんない?アンタ何も言わずに行っちゃうんだもん」

すると、後ろのほうから。

「真樹ちゃんは料理作れないからねえ」
「やだ、孝ちゃんったら!苦手なだけよ」

―――そうだった・・・・母は料理が苦手なのだ。だから、小さい頃から姉と俺に料理を教え込
んで、ある程度の年齢になったらすべて任せようと考えていたらしい。
しかし、女である姉のほうは不器用なため料理に向かず、仕方なく結局毎晩の料理は俺が作
っていた。さらに、いつの間にか家事全般まで任せられるようになっていた。

「佐保姉?」
「なに」
「理由・・・本当にそんだけ?」
「まだあるわよ」
「えっ」
期待に胸膨らむ俺。
「ゴミ出し!あんた明日当番よ」
「!?」
「嫌だからね。あたしアンタの分までやりたくないからね」
「・・・」
「とにかく!アンタがいないと困るのよ。いろいろと不便で」

プツ

「・・・・とーる?」
「ははは、はは」
気づくと、手が自然に電話を切っていた。
少しでも期待した俺がバカだったんだな。
そう考えることにして、携帯電話をズボンのポケットに静かに入れた。

――――どうやら、ここにいたほうが良いみたいだ。うん、確信したぞ。

とりあえず、桂じいが言っていた「二階の奥の部屋の押入れ」とやらに行ってみるか。

電話を切ってから、自分でも怖いくらいに頭の回転が速くなった。

「ええと・・・あんず、ちゃん」
「気持ち悪い。あんずでいい」
グサ
「あ、あんず?」
「なに、とーる」
「二階の奥の部屋の押入れ、って何?」
「案内したげる!」
そう言ってあんずは、クルリと身を翻し、ぱたぱたと足音を鳴らして走り出した。
「あ、待って!」
重い旅行カバンを持ち上げて、透はあとに続く。

古びた家。
なんら変わっていない。
きっと、この座敷童子も、桂じいちゃんも。
時が止まったまま自分を迎えてくれた、そんな気がした。

なんとなく、嬉しかった。

「ここ、ここの上!階段あるよ」
あんずはかなり先まで走って行ったらしい。声が少しだけ遠かった。
「え?」
本当に押入れだった。
あんずは押入れの上段に登って「あっち、あっち」と指をさしている。
「ここ、のぼるの?」
「うん。ここのぼると屋根裏部屋だよ」
「や、屋根裏部屋!?」

透の家も一軒家で屋根裏部屋もあったが、ホコリまみれで、とても入れる状況ではなかった。
(ましてやこんな古い家・・・どんな屋根裏部屋だか考えただけでも・・・と、とりあえず行くか)

身を奮い立たせて透は押入れの上段に手をかける。

「あたしはここで待ってるね〜」

あんずの言葉に軽い返事をしながら、透は押入れの奥を見た。
なるほど、ちいさな階段がある。
「これを上るんだな・・・うっし」

思いのほか、階段は頑丈だった。
そして・・・・
「おっ」

視界に広がったのは、透が想像していたよりも、はるかに綺麗な屋根裏部屋の景色であった。
透は階段を上り終え、部屋に足を踏み入れてみた。

(なんだ、小さいけど机もあるし、十分勉強できそうじゃないか・・・窓もついてるし、眺めもい
い。 )
そんなことを考えながら一周り歩いてみる。

「ここが俺の部屋か・・・・」
(うん、ここらへんに教材や参考書を置いて・・・)

窓の外を見てみると、山や川なんかが一望できた。同じ都内とは思えない。
改めて、決心をして良かったと思う。

(これなら受験も上手くいくかな・・・・)

そんな期待に胸が躍るほど、ここでの生活も悪くないかもしれないと、考え始めていた。
(あっ。)

「あんずが待ってるって言ってたな・・・」

小さい女の子を待たせる趣味は俺にはない。急いで階段へと向かう。と、その時だった。

バゴッ

透が右足を出した瞬間に、鈍い音がした。
「痛っ」
思わず声を張り上げる。
「なんだあ?」
自分の旅行カバンに足をぶつけたのかと思い、足元を見る。
と、そこには。

「!!??」
「うぅ・・・」
なんと、一人の女の人が倒れていた。
(さささ、さっきまでいなかったよな!?いたのか!?)
「んー・・・」
(この人は!?着物着てる!?誰!?)
「とーる?」
「うわわわわわ、わわ!あんず!?」
「あっ」

あんずは透の足元を見た。すると、

「もー 」

何故か怒った口調でその人のもとへ進みより、座り込んだ。

「起きなさーいっ」

さらに、その頬をベチベチ叩き始めた。
その不可解な様子に、透は立ち尽くしたままだ。

「あああ、あんず、痛いよ、そんなことしたら・・・」
「いいのっ、起きないんだから!」

そして、数回叩き終えたとき。

「あふぁぁ〜・・・」

その人はムックリと上半身を起こし、口を開いてアクビをした。
そして、俺のほうを向いた。

着物が右肩だけはだけていた。年は二十歳前後か。少し強気な表情に大人っぽい印象を感じ
る。

(こんな人、親戚にいたか・・・・?)

そこまで考えて、透はハッとした。

(まさか、一族の一人!?どっかの婆ちゃんが若返ったとか!?)

ありえない話じゃないよな・・・!?

「んもう!なんでまたこんなところで寝ちゃってるの!」
「ははは、ゴメーンあんず。おわびにキスしてやろーか」
「いいいっ、いらないよっ!」
「冷たいわねえ。実の妹だってのに」
「い?」

透の思考回路がハタと止まる。

「いもうと?・・・・・」
「そ。アンタは、透だね?あたし、時子」
「俺の名前・・・知ってんの!?」
すると時子はゆっくりと立ち上がって言った。
「知ってますとも!あたしだって座敷童子なんだから。」
「!!??」
「ヨロシクな」
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