座敷童子

第八話「 鳥を追う夜 」

あのあんずの爆発料理から二時間して、ようやくマトモなものが出来上がる。
その証拠に、正しいカレーの匂いが部屋に漂っている。
キッチンの鍋も焦げ付きを落とすのに苦労しただけで、そのあとは順調にその機能を働かせ
てくれた。

(うん、これはカレーだ)

ほとんど自分ひとりで作ってと考えていいだろう、鍋にたっぷりと作られたカレーを見て一人頷く
島村透。

「うまそうだねえv」

そういいながら透のとなりで、なんとかして鍋の中身を見ようと背伸びしているあんず。キッチン
にかけている手はまだタマネギくさい。
透は一息ついて腕を後ろに回し、エプロンの紐を一本しゅるりと抜く。
そうして目の前で丁寧にたたんでから、また一息ついてみせた。

「あんず」
「なに?」

あんずは鍋から目を離して透のほうをむいた。
透もそれに合わせて微笑んでみた。

「じいちゃんたち、ご飯炊けたかな」
「あ、そだね!炊けたかな炊けたかな?」
「見に行ってみようか」
「おーっ!」

右手を高く上げてあんずは言った。
と、同時に。

「あ、あのー」

突然壁からにゅっ、とさらが顔を出した。

「わわっ、さらさん!?何してんです!」
「あ、カレーできたんですねv美味しそうv」
「でで、できましたよ、俺とあんずで」
「味見して良いですか?わたし、辛いもの好きなんですv」
「い、いいですよ」

そういって透は引き出しからスプーンを一本取り出し、鍋の中のカレーを一さじすくってさらに差
し出す。

「はい、どうぞ」
「きっと美味しいよ、さらさん!」

「そうですか?あんずちゃん」
「あ、でもあんずの口に合わせたから辛くな」
「美味しいですvこの辛さがたまらないですねv」
「は、そうですか」

甘口のレトルトを入れたはずだったんだけど。
そんなことを考えながら、透はふと思い出したことを口に出してみた。

「さらさん、さらさんは座敷童子なんですか?」
「私ですか?誰ですか?」
「さらさんは俺の目の前にいるさらさんしかいませんよι」
「私は座敷童子じゃないですよ」

ニコと笑いながら答えるさら。

「ええと・・・じゃあ、あの・・・そうやって壁から顔を出してるのは・・・」
「私の力じゃないんですよ」
「・・・だ、誰か別の人の力ですか!?」
「この家の隣にある・・・森の力。昔から森の奥にある神社に祀られているあの人の力」

最後の言葉はとてつもない違和感だった。
"神社に祀られているあの人"

あの人・・・?

悲しみを含んだ言い方が胸につっかえるようにして、それが最後まで流れつかない。

「さらさん、そ」
「ご飯」
「え?」
「ご飯、失敗しちゃいました」

その言葉の言い方はとても明るかった

「桂さんが隣で見ていてくれたのですけど、桂さん、突然鳥を追い始めて」
「鳥?」
「カッコウです」
「桂じいちゃんが鳥を?」
「さら」
「はい、きっと鳥が好きなんですね」
「さら。変な冗談は勝手に作るものじゃないぞ」

不意にさらの背後から声がして桂じいちゃんが姿を現した。

「鳥は追ってない。しかもメシ炊き中に」
「追っていたのはカラスでしたか?」
「カラスもカッコウも追わないな」

二人のやり取りをみながら、どこで突っ込んでいいのか判らなくなる透。
とりあえず。

「ええ、あの、ご飯は・・・」
「真っ黒こげこげですよ。見ますか?透さん」
「原型ないが、な」
「遠慮します」
「あんずのあきたこまちー」
「ちょ、焦げ臭いーっ!!なに!!??何を焼いたの!」

さすがの匂いに時子も居間から走ってやってくる。

「と、いうわけで今日はカレーのみだ!」
「やだやだやだー!あきたこまちあきたこまちー」
「おかずは」
「誰が始末すんのよアレ・・・」
「はいはいはい、みんな早く居間に行け!」
「フクロウでしたか?」

その頃の島村家。

「いまごろどうしてるのかしら、透・・・」

テーブルに肘をついて深くため息をつく美女が一人。
美女といってももう40近くになるのだが。
ついでに言えば細胞は人間が半分に樹が半分。

「まあ、お父さんなら平気だと思うんだけど・・・」
「何?ひとりごと?」

透の姉である佐保子が風呂上がりらしく、タオルで髪を拭きながら居間に歩いてきた。

「ひとりごと、のような気がするわ」
「そう?たまにはひとりごとも良いかもね」

佐保子は冷蔵庫を開けて牛乳を取り出し、グラスにあけずに器用に飲んでみせた。

「佐保子ちゃん」
「なに?」
「私にもちょうだい」
「あいよ」

食器棚から半透明のピンク色したグラスを取り出し、牛乳を注ぐ。

「でもアレでしょ?じいちゃんてもう第二(・・・)の(・)人生(・・)歩いてるでしょ」
「そうね、去年死んだから」
「透があの話聞いたらショックで戻ってくるんじゃないの?」
「そうかしら・・・佐保子ちゃんの時はどうだった?」
「あたしの時は・・・」

少し考えてから佐保子は言った。

「あたしは関係なかったから」
「そうね・・・。木隠の遺伝は二分の一だから。佐保子ちゃんは当たらなかったものね」
「うん」

木隠の一族と交わったものは必ず一族の細胞を体に持つことになる。
外への流出を防ぐため離婚や浮気は出来ない。万が一のことがあると体は拒絶反応を示す。
しかし一族と部外者の間に産まれて来る者は二分の一の確率でしか細胞を受け継がない。
真樹(母)と孝(父)の一人目、佐保子には一族の細胞は見つからなかった。
しかし、二人目の透には細胞が発見された。

「あたしはそんな運命ごめんだから」
「ふふ、第二の人生も悪くないかもよ・・・?」

不適だが冗談めかしく真樹は笑ってみせた。
そんな母を横目に、佐保子も微笑して牛乳を冷蔵庫の中にしまいながら言う。

「普通の人より長く生きても、私は私のままだもの。だったら同じ時間を共有できる仲間たちと
いたほうがずっと素敵」
「佐保子ちゃんらしいわ」
「あたしの性格、お母さんに似たんだけど」
「そうね、よく似てる」
「最も細胞だけは似なかったみたいだけどね。じゃ、あたし寝るね」
「おやすみ、佐保子ちゃん」
「おやすみ」

背中を向けて立ち去る佐保子を見送ってから、手元のグラスに視線を落とす。

「じゃあ透はあなた似かしら、孝ちゃん」

ところ変わって桂宅。

「あーきーたーこーまちー!! なんで焦がしたのかっちゃん!」
「なんでこんなに甘いのよこのカレーっ」
「あの、おかず」
「町に出ないと食糧難だな」
「モズでしたか?」

やはり夜は深さを増す。

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