座敷童子
第九話「風呂事件」
「・・・私の手で消さなければ」
闇も深まり、木々の姿が夜に溶ける時刻。
森の、さらにその奥にある神社で、密やかに儀式がおこなわれていた。
劫火のごとく燃えさかる炎を見つめ、少女は榊を一振りした。
桂宅では。
透と桂は互いの顔を見合わせて言った。
「まあ・・・」
「ルーだけでも食えなくはなかったな・・・」
すると時子が大きくため息をついて言った。
「あんたら本気!?甘いわ!甘すぎる!なんか食べた感じがしないわよ?」
どうやらまだ不満のようで、おもむろに立ち上がって冷蔵庫に向かった。
その様子を見て桂は言った。
「時子は甘いのと苦いのが嫌いだからな」
「甘いのと苦いのが嫌いって・・・じゃあ何が好きなんですか」
すると、冷蔵庫を開けたまま時子がクルリと振り返り、透に言った。
「辛いのに決まってんでしょー?」ふふふ、と笑いながら時子は冷蔵庫の中を物色し始める。
(ああ、ナルホドな・・・)
「あ、とーる!風呂わかしてあるから入ってね!」
「ん、あ、ああ、あれ、さらさんはまだ入ってないよね?」
「ええ、まだです。でもこれから用事があるので・・・」
そう言うとさらは食器を持ち、立ち上がって台所に運んだ。
(さらさんって未だに謎だよなあ)
いや、みんな謎なんだけど。
その前に自分自身も謎なんだけどι
と、そのとき、急に透の携帯電話が鳴り出した。
一瞬何の音だかわからずにボケッとしてしまったが、しばらく鳴り続けているのを聞いて、よう
やく自分の携帯電話が鳴っているのだと気がついた。
「は、はい、」
「あたしあたし」
「え、佐保姉?」
「そうそう、あのさ、あんたテキスト忘れてるわよ」
「は?」
「は?じゃないわよ。テキストよテキスト。夏期講習のテキスト!」
・・・・・。
「あ!?」
そういえば、今朝支度をしているときに机の上に出したまんまだった気がする。
「そういえば、あんたの枕が見当たらないんだけど、まさか」
「それよりテキスト!明日テストなんだ!やば・・・やっば!」
「知らないわよ。ちゃんとしなさいよ」
佐保姉には言われたくなあ、という言葉をぐっとこらえて透は言った。
「ああ、わかった、取りに行く!」
「まあ待ちなさいよ、こっちは都心だからまだ電車はあるけど、そっちはもうないでしょう」
「あ・・・」
ここが都内でも田舎の田舎ということを忘れていた。
「でも明日のテストは最終クラス分けの大事な」
「だからね、私が三つ選択肢を出すから、どれか選びなさい」
「やだ。佐保姉の出すやつは決まって理不尽だから」
「失礼ね。くだくだ言わずにどれか選びなさい。でないと地獄を見るわよ」
「無難な選択肢くらいあるんだろうな?」
すると、佐保子は不敵な笑みを浮かべた。(といっても顔は見えていないのだが)
「いくわよ、共通テーマは『誰かが車でアンタの所にテキストを届ける』
その1、私が免許取立ての危うい運転でヒョロヒョロとあの山道を死と隣り合わせに行く」
おいおい。
「その2、母さんがスタントマン顔負けのあの暴走っぷりで山道をかっ飛ばして行く。ただ暗いの
で小動物の被害者が出る恐れあり。」
自然破壊・・・
「その3、父さんがあの安全運転でゆっくり行く。」
「あ、それがいい」
「ただし、方向音痴な上にノロイので何十時間かかるかわかりません。下手すると翌朝になりま
す。」
・・・・・。
「あ、あのさ・・・・無難なものがないんだけど・・・」
「誰もあるとは言ってない」
「・・・じゃあ・・・、姉さんに来てもらおうかな」
「あんた、あたしを殺す気ね?」
「うっ。じゃあ母さん?」
「自然破壊反対」
父さんは論外だから・・・ι
「って二人に一人しかないじゃんかよ・・・」
仕方ない、もうこれしかないな。
数分後。俺はじいちゃんに一通りのことを説明した。こっちにつくのは遅くなるからたぶん泊ま
りになるだろうということも。
じいちゃんはワハハと笑って承諾してくれた。
「さ、時間はまだあるんだろ?とにかく風呂に入れ」
「う、うん」
一度屋根裏部屋に戻って、パジャマと下着と風呂セットを取りに行く。
その途中。
「あれ?」
「あら」
さらさんが窓を開けて下を覗き込んでいる。
さらは透に気がついて振り向いた。
「さらさん、何してるんですか?」
「何だと思いますか?」
「・・・何でしょうねえ」
「何ですかねえv」
そして、さらはまた下を覗き込んだ。
(やっぱりわからない・・・!!)
透は少し笑って階段を降りた。
風呂場へ続く廊下は暗い。フィラメントの切れかけた、小さな電球が釣り下がっているだけだ。
幼い頃はこの廊下がとても怖く、もちろん隣には母がいたが、その姿さえも暗闇に溶けて見え
なくなってしまうほどだった。
しかし、久しぶりに歩くこの廊下は、とても短く、あっという間だった。
脱衣所につくと、透はビックリしてつい呟きを漏らしてしまった
「・・・何も変わってない・・・」
この家に来た時から思ったいたことだったが。
様子がなんら一つ変わっていないのだ。気味が悪いほどに。
(まあ、いきなり新築になってても怖いんだけどな)
服を脱ぎ、風呂場に入る。
上のほうに小窓がついており、その窓は換気のために桂じいちゃんが開けっ放しにしておいた
のか、そこから風が吹き込んできた。
そして、雲にかすんだ月がうっすらと見えた。
昨日と違う環境。
今までとは違った世界。
そして、今日初めて知らされることとなった自分の宿命。
明日もきっと、昨日とは違う自分がいる。
湯船に肩までつかってみる。
やっと落ち着いた空気が流れ始めた。
湯をかき回していた手を止め、水音を立てずに耳を澄ましていると、遠くのほうで時子やあん
ずたちの声が聞こえる。
会話までは聞こえないが、それは自宅の様子とよく似ていた。
少し態度は悪いが、それなりに良い姉の佐保子。
いつまでも仲の良い、バカップルのような父と母。
ふう、とため息をついて湯をあごまで浸す。
視界には水面しか映らなかった。
(もう上がるかな・・・)
浴槽のふちに手を掛け、立ち上がった。
その時だった。
一瞬、頭の先を何かがかすめた。
風かと思い、ふっと横の壁を一瞥する。
しかし、壁は白い壁のままだ。
(やっぱり風か)
そして、浴槽から出て下を見下ろした時、それは目に飛び込んできた。
それは、真ん中からへし折られた、一張の弓矢。
(なんで・・・こんなものが)
さっき自分の頭の上をかすめたのは、この弓矢だったのか?
(一体誰が・・・?)
そう思い、手に取ろうとしたとき、不意に風呂場の引き戸が威勢良く開かれた。
「透!それに触れないほうがいいわよ」
「!?」
時子だった。透はあわててタオルを腰に巻く。
「とと時子さん・・・!?」
「毒矢」
「え?」
「それ毒矢よ。あんた目が悪いの?ここよ」
そう言って時子は弓矢の先を指差した。
そこには薄い緑色の液体が付着していた。
「鳥の冠状・青色の花を開く多年草で、付子は、この塊根から採る毒薬・・・」
つぶやくように時子が言う。
「鳥兜・・・か」
「そう、さすが現役高校生」
「僕はまだ中学生です」
「え?あらそうなの?やだ、どうりで可愛いわけだわ」
「と、時子さん、とにかく、この矢は・・・」
「うん、たまに飛んでくるのよ・・・犯人はわかってるんだけど。今もそこにいるわよ」
「え?時子さんたちが狙われているんですか・・・?」
「まあね」
時子は慣れた動きで浴槽に足をかけると、小窓を大きく開いた。
「あんた、あたたしちの事まだ疑ってんの?」
しかし、それに対する返答はない。
「いい加減にしなさいよ、あんただって仲間みたいなものじゃない」
「仲間って・・・」
「あたしたちは座敷童子であんたは」
「ものの言い方には気をつけろ」
そう言ったのは、もちろん透ではない。
「私を君達と一緒にしないで欲しい」
「似たようなもんじゃなーい、いいから友好関係結びましょうよ」
「冗談。」
「あの・・・」
「透は何も言わなくていいから」
「はい」
邪魔者扱いされて、透は一足下がった。
「私のような巫女が妖怪と馴れ合うはずがないだろう」
「神に奉仕する奴が座敷童子を殺すわけ?」
「殺すんじゃない、封印だ」
「同じよ」
巫女?ふ、封印!?
なにやら困惑する言葉の数々に透は呆気に取られたままだった。
「とにかく今日は下がる。しかし、役目を終えるまでは引き下がれないからな」
「一年前から同じことばっかり」
そして、草のザワザワという音がして、前の静けさが再びよみがえってきた。
しばらくして時子が浴槽のふちから身軽に降りてくる。
「あの子の事は気にしなくていいから。透には何もしないわよ」
「って言われても・・・」
「男だったらいちいち気にすんな!」
「男とか関係ない気がしますが!」
「あたしが気にすんな言ったら気にすんな!」
「はい」
時子は透に向かって手を一振りして引き戸を閉めた。
「・・・・」
まだ自分の知らない事情がたくさんあるんだ。
湯冷めして冷えた体をもう一度湯船の中に入れた。
ピンポーン
チャイムが家に鳴り響いた。
「来たか」
「久しぶりね、お父さん」
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